僕が、スタンダードなものを好きな理由

年を重ね、それまでに得た知識や経験、そして数限りない失敗から、自然と自分のものに対する好みというのがよりはっきりしてきた。

一目見て「あっ、こいつとは長く付き合っていきそうだな」。

そう思えるもの、感じるものに出くわす機会が若い頃よりも格段に増えたように思う。




それは、たぶんファッションやモノに人一倍興味はあるものの大した知識もなかった若かりし頃から徐々に手に入れ出して使い始めた、長きに渡り変わることなく愛され続けている定番とも言えるクラシックなアイテムたちのおかげだと思う。

いわゆる「スタンダード」と呼ばれるもの。

シンプルで無駄な装飾がなく、実用性、機能性に優れていたり、

大量生産であるが故にちょっといびつな所もあるけど、それが逆にチャーミングだったり、

モデルチェンジされることなく作り続けられてて、いつでも買い足せるという安心感があったり、

ふだん使いには、気にせず使い倒せる「ちょうどいい」値頃感だったり、

決して高級品ではないけれど、使っていくうちに味が出てきて自分にとって一生モノと言えるアイテムに育ってくれたり。

アイテムによって、それぞれの個性があって「スタンダード」というものを明確に定義するのは難しいけれど、一言で言ったら長い時間の中で生まれ熟成された作り手と使う側の信頼関係の証なんじゃないかと思ったりする。

ただ、なんでも定番的なモノばかりを追いかけてたら面白みのない日常になってしまうことも確か。

やっぱり刺激も欲しいし、時代にフィットしたものも取り入れていたい。

でも「スタンダード」という、古きを慈しんだり、昔からあるものが好きだというベースがあるおかげで、そこにプラスする遊び心がこれまた「ちょうどいい」バランスで保たれているのも事実。

そんなことを先日買った「& Premium」の2019年5月号の特集「スタンダードになっていくもの」を読んでいて感じました。

自分にとって、これから「スタンダードになっていくもの」ってどんなものだろう?

それも楽しみ。