好きこそ、原点。牧野富太郎『なぜ花は匂うか』を読んで

本に呼ばれる。本屋にいて、そんな瞬間に出くわすことが時々あります。

棚にひっそりと静かに佇んで向こう(本)の方からそっと声をかけてくるような、そんな本。そして実際に手にとって読んでみると必ずと言っていいほど面白かったりするから不思議。

先日も、僕がよく本を買いに行く二子玉川の蔦屋家電で特に目当てもなく興味のありそうなものがないか探していた時にふと目に止まった、一冊の単行本

それは日本の植物学者、牧野富太郎氏の『なぜ花は匂うか』という随筆集。

植物のイラストが描かれた美しい装丁の表紙をその場でぱらっとめくり、最初の章の1ページを立ち読みしただけですぐさまこの本の虜になってしまい、既に足はレジへと向かっていました。




牧野富太郎著『なぜ花は匂うか』

牧野富太郎。「日本の植物学の父」と言われる有名な植物学者で、図鑑を出していることくらいは知っていたけれど、これまでその執筆した作品を読んだことはありませんでした。

なぜ花は匂うか』は、平凡社の科学と文学、双方を横断する知性を持つ科学者・作家の作品を集め、一作家を一冊で紹介する随筆シリーズ「STANDARD BOOKS」から出ている作品。

そのほとんどを全5巻からなる『牧野富太郎選集』を底本としたこの随筆集の冒頭に収録されているのが、本書のタイトルにもなっている「なぜ花は匂うか」という文章。

この世界に植物がなかったらどんなにか淋しいものかと語り、また食料品や衣料、紙、建築材料、医薬品に至るまで、あらゆるものの源と言える植物をより知る(研究する)ことで得られる喜びや発見の素晴らしさを説いた、植物への愛情溢れるこの文章を(先ほども書いたけど)本屋で立ち読みして、すっかり牧野富太郎作品の魅力に取り憑かれてしまったわけです。

そして、「なぜ花は匂うか」に続いて掲載されているのが「植物と心中する男」という文章。

私は植物の愛人としてこの世に生まれてきたように感じます」というパンチの効いた一文で始まる自身の植物への偏愛ぶりやそのきっかけを語ったこの章が、ヘヴィー級ボクサーの強烈なワンツーパンチをくらったかのように僕のテンプル(脳)にさらに追い討ちをかけてきたのは言うまでもありません。

もちろん植物学者の作品なので、学術的に植物の知識を深めてくれることが中心に書いてくれていて、それはとてもありがたいんですが、牧野富太郎氏の書かれてるものというのは、僕が思うに一流のエッセイストのそれなんです。

単に知識をひけらかすのではなく、文体自体が面白い。

ときに自らを茶化したり、章の終わりを「えっ!?」と思うような言い回しで唐突に締めてみたり、同業者に対して歯に衣着せぬ批判・反論を飄々と言ったり、「これってあり!?」と思うような自然の摂理に反する自己満的なことを平然と言ってのけてみたり。

ただ、それもこれも植物を愛するが故のことと思わず納得させられてしまうところがすごい。

知識をもとにユーモアと、ちょっとした皮肉の混じった個(個性)の強い文体。これは僕の単なる思い込みかもしれないけど、伊丹十三のエッセイと近いものを牧野富太郎氏の『なぜ花は匂うか』に感じました。

 

牧野富太郎をもっと知るための5冊

1862年に現在の高知県高岡郡佐川町に生まれ、小学校を中退し独学で植物学者を志し、22歳で上京、東京大学理学部植物学教室へ出入りして助手や講師を務めるかたわら研究に没頭し続けた牧野富太郎氏。

日本全国を踏査し収集した標本は約40万枚。1889年に日本で初の命名植物となった「ヤマトグサ」をはじめ、新種、新品種を含め牧野富太郎氏が命名した植物は1500種類以上で、日本の植物分類学の基礎を築いたとされています。

47年間勤めた大学を1939年に辞してからもそれまで以上に植物へ情熱を注ぎ、病床につく93歳まで家族の心配をよそに寝る聞を惜しんで植物の研究や、書き物を続けたのだそう。

名家に生まれながら、研究に没頭したあげく、一時は食べるのにも困る生活に陥っても、それでも植物のことを研究し続け「日本の植物学の父」と呼ばれるほどの偉業を成し遂げた牧野富太郎氏。

その94年の生涯というのは、とても興味深く『なぜ花は匂うか』を読んだことをきっかけに、もっと牧野富太郎氏のことが知りたくなりました。

ということで、数ある牧野富太郎作品の中から特に気になる5冊を選んでおきたいと思います。

牧野富太郎〜植物博士の人生図鑑

草木を無類の友とし、愛人とし、命とした「日本の植物学の父牧野富太郎氏の94年の生涯を言葉とスケッチ、写真で綴るビジュアル版の自叙伝

 

卓上版 牧野日本植物圖鑑

牧野富太郎氏が15年の歳月を費やして1940年に世に出した『牧野日本植物圖鑑』をコンパクトにした卓上版

それまで図譜でしかなかったものが、はじめてサイエンスの後ろ盾を得て真の「図鑑」となった瞬間とされる牧野植物学の集大成的作品

 

牧野富太郎植物画集

繊細な観察力と天性の絵心を持っていた牧野富太郎氏は、植物図の才能にも秀でていて独自の世界を作り出していました。その貴重な植物図を収蔵する高知県にある牧野植物園が、牧野富太郎氏の発見・命名した植物を中心に精選した画集。

 

植物一日一題

植物の名の由来、その生態、日本人と植物の関わり方の歴史など、身近な植物の分類にまつわる話から稀有なうんちくまで、多数の挿絵とともに綴られた100題の随筆集

 

MAKINO―牧野富太郎生誕150年記念出版

2012年11月14日から翌年5月27日にかけて高知新聞紙上に連載された「淋しいひまもない―生誕150年牧野富太郎を歩く」に大幅加筆が加えられ、さらに「ゆかりの花めぐり」「全国踏査マップ」「イラスト年譜」などもを追加された生誕150年周年記念出版物

 

好きこそ、原点

牧野富太郎氏の『なぜ花は匂うか』には、児童文学作家、絵本作家、小説家の梨元香歩氏による「永遠の牧野少年」と題された解説が印刷された栞(しおり)が付いてます。

その中で「学問をしたいのだという圧倒的な情熱は、思わず手を差し伸べたくなるほど人を動かす。(中略)驚くべきことに、それが九十四歳まで続いたのである。永遠の少年を全うしたのだ。」と書かれてる。

少年時代に目覚めた偏愛とも言える植物への愛情。その情熱を死ぬまで貫いた牧野少年

あらためて「好きこそ、ものの原点」なのだと強く感じました。